大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成7年(行ツ)49号 判決

名古屋市北区辻本通三丁目三一番地

上告人

株式会社安藤産業

右代表者代表取締役

安藤鋭治

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

打田正俊

打田千恵子

名古屋市北区清水五丁目六番一六号

被上告人

名古屋北税務署長 小杉弘

右当事者間の名古屋高等裁判所平成六年(行コ)第二号加算税賦課決定処分取消請求事件について、同裁判所が平成六年一二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹下重人、同打田正俊、同内田千恵子の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人に重加算税を賦課した本件各処分が適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき、又は原判決を正解しないでこれを非難するものであって、採用の限りでない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成七年(行ツ)第四九号 上告人 株式会社安藤産業)

上告代理人竹下重人、同打田正俊、同打田千恵子の上告理由

第一、重加算税の賦課要件たる「事実の仮装」について

一、原判決は国税通則法六八条一項にいう「納税者がその国税の(中略)税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を(中略)仮装し、その(中略)仮装したところに基き納税申告書を提出していたとき」の規定の解釈適用を誤ったもので、且つ右判示部分の理由にはそごがあり、これらの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二、銀行借り入れの利息について

(一)原判決並にその引用する第一審判決によれば、事実として左記の認定がなされている。

「控訴人は控訴人代表者の意向により各金融機関の貸付担当者の了解のもと、利益を翌期に繰り越すことを目的として借入れてから長くて一週間程度、短いときは翌日に当たる翌期早々に借入金を返済し、利息の払戻しを受けることを前提として別表二の1ないし4記載のとおり、決算期末のころ、期間一年の新規の借入れを行って一年分の利息を前払し(区分Aのもの)、既存手形を期間一年の新規の手形に書き換えて一年分の利息を前払し(区分Bのもの)、又は既存手形を期間三ケ月の新規の手形に書き換え一年分の利息を前払し(区分Cのもの)、次いで翌期早々に借入金の返済をすることによって前払した利息の大部分について戻し利息として払戻しを受けたものである。」(第三、1(二))

(二)そして右認定を基礎として原判決は「右に判示した事実によれば、控訴人は、事実は、期末の翌日ないし一週間後に返済するとの約束の下に借入れをしたにもかかわらず、これと異なり、借入期間を一年とする外形を作出した上で、期末ないしはその直前に一年分の利息を前払してこれを損金に計上していたというべきであるから、法六八条一項にいう課税標準の計算の基礎となるべき事実の一部を仮装した場合に当たる。」と判示している。

さらに続いて原判決は「控訴人は、本件において隠ぺい又は仮装の行為は存在しないと主張するけれども、本件の借り入れは、外形は貸付期間を一年としながらも、実際には、翌期早々に返済して利息の支払いを受ける意図を有し、金融機関の担当者からもそれについて了解を得ていたものであり、このような場合に、損金に計上するため一年分の利息が存在するとしてこれを前払することは事実を仮装したものというべきであって、利息の前払とその払戻しの事実等が帳簿等に記載されているから、あるいは控訴人の金融機関との間において右外形に符合する消費貸借が成立しているからといって、事実の仮装行為がなかったものということはできない。」と判示している。

(三)右判示部分は前半と後半において異なった事実を認定したものと言わなければならず、理由にそごがある。

すなわち「控訴人は、真実は、期末の翌日ないし一週間後に返済するとの約定の下に借入れをしたにもかかわらず、これと異なり、借入期間を一年とする外形を作出した上で」と述べる部分は、真実が返済期間一週間以内の借り入れであるにもかかわらず、借入期間一年の虚偽の表示をなしたとの認定と解するほかはない。

ところが、その後の判示部分では「控訴人と金融機関との間において、右外形に符合する消費貸借が成立しているからといって事実の仮装行為がなかったものということはできない。」と述べているのは、外形通りの消費貸借契約すなわち借り入れ期間一年の消費貸借契約が成立していることを認める趣旨の判示をしている。

本件において、右消費貸借契約が外形通りのものとして有効に成立したのか単なる見せかけの通謀虚偽表示であるのかは、本件において仮装行為が存するか否かを決する最重要な事実であり、上告人としては本件課税処分に対する異議申立の当初(昭和六三年五月一二日)よりこの点を最重要な事実として強調してきたものである。

しかるに第一審判決も原判決もこの点について言明を避けるばかりか、前後矛盾するようなわけのわからない事実認定をして問題のすり抜けを図っている。

上告人は第一審判決の「すり抜け」を強く批判し、原審においてはこの点に正面から取り組むよう強く求めていたが原審もまたこの問題を「すり抜け」てしまっている。

このような最重要な論点について前後矛盾する判断をなしている原判決は理由にそごがあるもので、そのそごは判決に影響すること明らかである。

(四)次に原判決は控訴人が「実際には、翌期早々には返済して利息の払戻しを受ける意図を有し」ていたこと、「金融機関の貸付担当者からもそれについて了解を得ていた」ことを重視し、このような場合に1年分の利息を前払いすることは事実を仮装したものというべきであるとする。

何という暴論であろうか。

上告人が翌期早々の返済を予定していたら、借り入れたこと自体が仮装になるのか、金融機関の貸付担当者が翌期早々の返済を了解すれば、貸付契約の内容如何にかかわらず事実の仮装になるのであろうか、そもそも「貸付担当者の了解」なるものはどのような意味を有するのか、それは契約内容を構成するのか、金融機関や上告人を拘束するものなのか、全く不可解と言うほかはない。

世上、金融機関の貸付担当者が融資を了解したが、稟議の結果貸付が否決され融資が実現しないというような例は日常茶飯に生じているが、このような場合融資申込人は貸付担当者の了解を根拠に融資実行を請求し得るものでないことは当然であり、判例にも銀行の支店長が融資を確約し、それを信じた者が事業拡大を図ったが融資が否決されたような場合に、銀行の責任を問うような事案が散見されるが、銀行の責任が認められたような例はない。

すなわち「貸付担当者の了解」などは法律的に何の意味もないのであり、従って貸付契約の内容には何ら影響しないのであるから、このような事実が「仮装」の有無を決するメルクマールになる筈はないのである。

すなわち「翌期早々に返済する意図」と「担当者の了解」を根拠に重加算税の課税要件たる「仮装」が存するとした原判決の判断は国税通則法第六九条一項の解釈適用を誤ったものであり、この誤りは判決に影響することが明らかである。

(四)更に右の点に若干の捕捉をすると、本件課税処分は上告人が期末に支払った前払利息のすべてを否認し重加算税の対象としたものではなく、借入日から返済日までの間の利息はこれを経費として認め、戻利息として受入れた部分のみを否認するものである。

一個の貸付契約であり、一括して前払いされた利息であるにもかかわらず、その一部は「仮装」であり、その一部は「真実」であることとなって、その限界を画することは不可能と言わなければならない。

判例集を紐解いても、本件類似の実例について重加算税の課税を認容したような例は見当たらない。

このような悉意的な税法の解釈運用は租税法律主義に反し、納税者の予測を不可能にするものであって許されてはならない。

三 分譲住宅の売上金について

(一)原判決は「控訴人は別表三記載のとおり本件各物件をそれぞれ買受人に売却し、その代金の全額を受領しながら、最終入金を翌期に繰り越し売上金全額を翌期の収入に計上するため、そのうち一〇〇万円について買受人名義の通知預金を作成し、翌期の早々に右通知預金を解約していたことが認められる。」と認定し、続いて「控訴人は内金一〇〇万円については受領を遅らせたものであり、事実を仮装したものではないとするが、買受人から提供を受けた最終入金を利益繰越しのためにあえて買受人名義の通知預金としたこと、右預金は原告においていつでも解約できる状況にあったこと(買受人は代金全額を支払ったとの認識を有しており通帳も原告において保管していた。)に照らせば、預金開設の印鑑が買受人のものであるか否か及び預金利息の取得者が買受人であるか否かにかかわらず原告において預金に係る一〇〇万円を既に受領していたものと見るべきである」と判示する。

(二)しかし右の認定は分譲住宅の買受人である相手方の印鑑による預金であることを認めていることからも知れるとおり、買受人の了解の下で預金がなされていることを前提としている。

買受人の了解の下、同人の印鑑でもって、同人名義の預金がなされ、利息も同人が収受していることからすれば、預金の一〇〇万円は買受人の所有であり、ただ支払いの担保として、上告人が通帳と伝票を預かっていたと目すべきものである。

また仮に右のような預金をする方法が税務上既に一〇〇万円を受領したのと同様に評価され、預金口座を開設した時点をもって課税の基準時とすることが適当であると判断されるとしても、そのような税法の解釈の結果、上告人が事実を「仮装」したことになる訳のものではない。

上告人は預金の事実を進んで税務調査官に告げていることからも知れるとおり、何ら事実を仮装したり隠ぺいしたりしたものではない。

(三)原判決がこの点についても事実の仮装隠ぺいが存すると判断したのは国税通則法六八条一項の解釈適用を誤ったものであり、この誤りは判決に影響することが明らかである。

第二 重加算税の賦課における納税者の故意について

(一)重加算税の課税要件としての隠ぺい又は仮装の行為」について必要とされる故意の範囲については、次のような見解の分岐があるとされる(品川芳宣著附帯税の研究、平成元年財経詳報社、二三六頁)。

「〈1〉 二重帳簿作成等の行為が、客観的に隠ぺい又は仮装と判断されるものであれば足り、納税者の故意の立証まで必要としないと解するもの

〈2〉 課税要件となる事実を隠ぺい又は仮装することについての認識があれば足り、その後過少申告についての認識は必要としないもの

〈3〉 過少申告等についても租税を免れる認識を必要とするもの」

(二)本件において上告人のした経理処理のうち、前払利息の損金算入および建売住宅の売上金の最終の入金時に売上代金全額を収益に計上したことが、国税通則法六八条一項にいう「隠ぺい又は仮装行為」に当たらないことは、前に詳述したところであるが、重加算税の賦課の要件としての故意との関連において、上告人の主張を整理する。

(三)前記(一)の〈1〉の見解は国税庁側の見解であるということができよう。すなわち「事実の隠ぺいは、二重帳簿の作成、売上除外、架空仕入れ若しくは架空経費の計上、棚卸資産の一部除外等によるものをその典型的なものとする。事実の仮装は、取引上の他人名義の使用、虚偽答弁等をそ典型的なものとする。いずれも行為が客観的にみて隠ぺい又は仮装と判断されるものであれば足り、納税者の故意の立証まで要求しているのではない。この点において罰則規定における「偽りその他不正の行為」と異なり、重加算税の賦課に際して、税務署長の判断基準をより外形的・客観的ならしめようとする趣旨である。」(志場喜徳郎外著国税通則法(平成四年改訂版)大蔵財務協会、六四九頁)などである。

この見解は国税通則法六八条の文言に反するものであって、賛成し得ない。たとえば、薬品販売業者が禁制品である麻薬類を売却する際、取締法規違反の発覚を恐れるだけの理由でその売上を裏帳簿に記載しておいたところ、後日所得税調査によって、麻薬の売買という犯罪行為による所得も課税の対象とされ、さらに重加算税も賦課されるというのは、妥当ではあるまい。

(四)前記一の〈2〉の見解は、学説・判例における多数説であるということができるようであるが、この点についても、A.事実を秘匿し又歪曲して虚偽の外形を作り出すことを認識していることで足りるのか、B.脱税の意図ないし目的あるいは過少に申告するとの認識をも必要とするのか、の区別である。

たとえば、現金を横領する意図によるものであっても、架空仕入の伝票を起こして会社の資金を支出させ、それを着服したという事案のごとく、その伝票が架空のものであることを認識して起されるものであることを認識していれば足りるとするのがAの考え方である。最高裁昭和六二年五月八日判決(訟務月報三四巻一号一四九頁)が「重加算税の課税要件は、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい・仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、過少申告をすることについての認識を必要としない」と判示し、「納税者が脱税の目的をもって故意に」とは説示していないことをもって、A説を支持したものと解するものもあるようである。

しかしながら、「隠ぺい又は仮装の時点において租税を免れようとする意図までが認められることを要しないとの見解は、逋脱犯との要件の違いを説明するには便利であろうが、他方において、単純な加算税が既に存在しているのに、それに制裁を加重するには、それなりの理由がなければならないことを考えると、租税を免れようとする意図を要すると解すべきであろう。(A説のように解するとすれば)租税を免れる目的以外の理由で事実を隠ぺい・仮装した場合にまで重加算税が賦課されることになり「徴税の実」をあげることを重視し過ぎた解釈であるといわなければならない。民事詐欺罪則というシャウプ勧告の趣旨からしても、租税を免れる目的による隠ぺい・仮装行為に限定すべきものと思う」(碓井光明「重加算税賦課の構造」税理二巻一二号二頁)というのがBの見解である。

これが、重加算税の沿革、国税通則法六八条の規定の文言に照らして最も適正な解釈である。

(五)重加算税は、納税義務違反者に対する行政上の措置であって、脱税に対する処罰ではないから、脱税の意図についての立証を必要としないというのは重加算税制度の趣旨を正解したものということはできない。行政上の措置という点では、過少申告加算税・無申告加算税も同様の制度目的に従ったものである。これらの諸加算税よりも課税要件を加重し、賦課の結果も重くしてあるのは、租税を免れる意図に基づいて不正な行為をし、過少申告等をした者の責任を重く問うという趣旨のものと解すべきである。このような見地からすれば、「国税通則法六八条一項に定める重加算税の課税要件である「隠ぺい・仮装」とは、租税を脱税する目的をもって、故意に納税義務の発生原因である計算の基礎となる事実を隠匿し、または作為的に虚偽の事実を付加して、調査を妨げるなど納税義務の全部又は一部を免れる行為をいい、このような見地からは、重加算税の実質は、行政秩序罪であり、その性質上、形式犯ではあるが、不正行為者を制裁するため、著しく重い税率を定めた立法趣旨及び「隠ぺい・仮装」といった文理に照らし、納税者が、故意に脱税のための積極的行為をすることが必要であると解するのが相当である」と説示した大阪高裁平成三年四月二四日判決(税務訴訟資料一八三号三六四頁)の解釈が妥当なものというべきであり、脱税犯に対する罰金の額が、情状の差に応じて、脱税額の二〇パーセントから四〇パーセントの範囲内で量刑されていることと対比して、重加算税額は「隠ぺい・仮装」による過少申告または無申告税額の三五パーセントに達するものと定められていることからも、重加算税の制裁的性格は顕著である。重い制裁を課するための責任要件は、厳格に解釈されなければならない。

(六)上告人がした前払費用の損金算入は従前に国税庁長官によって示された取扱いによったものであり、建売住宅の売上による収益を現金主義によって入金の完了時に計上することは、一般に許容される経理処理であると信じて、そのような処理を長年にわたって継続していたものであり、しかもその経理はすべて正規の帳簿に記載されていたのであるから、上告人の行為は「隠ぺい・仮装」に当たらないしましてその経理処理をする際、あるいはその経理処理の結果を利用して法人税の確定申告をする際、上告人には、租税を免れる意図は全く存在していなかったのである。

(七)上告人のした前記経理処理が、仮に国税庁長官の通達の趣旨を誤解したものであり、公正妥当な会計処理と認め難いものであったとしても、それは過失によるものとみるべきであり、過少申告加算税の課税要件を充足(過少申告をしたことについて正当な理由があったとはいい難い)ものではあっても、重加算税を賦課されるべきではない。

以上。

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